紫水 01.

「なぁ、カガリ。今日これからさ王宮に行かないか?」
「え……」
 明らかに嫌そうな顔を見せるカガリに苦笑いする。
 シルバーレンに滞在してかれこれ十日。ラズは毎日王宮には顔を出してはいたが、こちらの全員を連れて王宮には行っていなかった。
 正式な要請が無かったと言うのもあるが、カガリが出来れば行きたくない、そう言っていたせいでもある。
 晩餐に呼びたいと、今日王宮からの使いがこの離れた宮殿につい先ほど訪れたのだった。
「ここの全員を晩餐に呼びたいってさ」
 嬉しそうに言うラズを見て無碍に断る訳にもいかず、溜息をついて小さく頷く。
 そのカガリを見て、ラズはもっと嬉しそうに微笑んだ。
「何時に?」
「もう少ししたら迎えが来るらしいから」
「そうか。わかったよ」

 数時間後、宮殿の全員の姿は王宮の王室にあった。
 カガリとコウガ以外の全員はさすが王室関係にあっただけあり、作法もきちんとしていれば礼儀ももちろんある。
 レンの父親であるサウスフィールド元王とにこやかに言葉を交わし、シルバーレン王であるカインとも会話をしていた。
 到着し、はじめに紹介はされたがその後の会話も他愛無い話も見付からず、カガリはその輪の中に入り辛そうに王室の隅でその光景を眺めている事しかできなかった。
「コウガは良いのか? あの中に入っていた方が心象は良いんじゃ……」
「いやぁ、どうも人種が違う。カガリこそ入った方が良いんじゃないのか? オレはそれなりに面識もあるから今更あの中に入る必要は無い」
 苦笑いを見せて壁に寄りかかり首を左右に振る。
「オレこそ、全然人種の違う世界だ。面識は全く無いけど、持つ必要も無いと思ってる」
 そんな会話を交わしていると、レンが側に寄ってきた。
「カガリ」
 レンに視線を向けると、肩をすくめカインの方へとチラッと視線を向ける。
「心象良くしないと」
「良いよ、今更……。心象は思いっきり良くないんだろうし……」
 そう呟いたカガリに溜息をついた。
「ラズと行動を共にするんでしょ? 今後もこういう状況はついてまわるよ?」
「オレ以外の人間はきちんと出来るんだ。他に任せるから別に問題ないだろ……」
「居辛いんでしょ? 少しでも慣れないとダメだよ」
 にこやかに微笑みながら会話を交わす、王座の周辺を眺め溜息をつく。
 レンの言う事は解ったが、やはりカガリにはあの中に入って行く事はできなかった。
「急には無理だよ」
 そう言ったカガリに大きく息をつき、レンはコウガの腕を引っ張って王室の出口へと向かった。
「僕たちは外に出るけど、カガリも来る?」
 出て行きたいのは山々だったが、先ほどの嬉しそうなラズの表情を思い出すとそれも出来ない。
 王宮に全員を呼んだということは、ラズの中ではカインが行動を共にする事を認めてくれたという事に値する事なのだろう。
 我慢してでもこの場に居るべきだと、自分に言い聞かせる。
「いや……。晩餐が終わったら直ぐに宮殿に帰るから、今はここに居る」
「そ。僕たちは行くから、あまりにも辛くなったらラズに声をかけるか、ダディクラーヴァンでも呼んだら良いよ。そしたらね」
 そう言ってレンはコウガを連れ王室を出て行ってしまい、話し相手も無く更に居辛そうに壁に深く寄りかかる。
 腕を組んでその腕を見つめ暫くの間呆っとしていたが、視線を感じ目を上げると王座に座ったカインと目が合った。
 よく来れたもんだなとでも言いたげに、冷めた目でこちらを睨んでいる。
 小さく息をつき、ラズやリュウ達を見ると依然にこやかにサウスフィールド王と会話を交わしていた。
 晩餐も始まる様子は無く、居心地悪そうにここに居るのも限界だった。
 壁に寄せていた身体を起こし、相変わらず睨んでいるカインに小さく頭を下げ王室を後にした。

 ──こんなんだったらさっきレンと出ていけば良かったな……。

 そう思いながら溜息をついて王室の外の長い廊下を歩いて行く。
 階下へと向かう階段に差し掛かったときに、背後でドアの閉まる音が響いて聞こえた。
 走り寄る足音が聞こえ、その足音はカガリの後ろで止まる。
「カガリ」
 ラズと同じ声で、ラズに似た気ではあったが、カインだと言う事は解った。
 自分に向けられている感情は、怒りや嫉妬にも似たものであったから……。
 階段に足を出そうとしてそれを止め、声の主に振り返る。
 ラズと同じ顔に同じ碧い目……、そして似た気を持っている……。
「……」
 自分に向けられた感情の中に、怒りと嫉妬以外のものを感じる。
 それだけで声を発することが出来なくなっていた。
「ラズと行動するのは止めるって言っていたのにな。どういう心境の変化なんだ?」
 真っ直ぐに見つめられ、思わず目を逸らす。
「目を逸らすって事は後ろめたいって事だよな」
「……」
「都合が悪いとだんまりか。何か言ったらどうだ。前は随分と饒舌だったろ?」
 ラズに攻められているような錯覚に陥りそうになる。
 ほんの数日で、カガリの中にはラズからの想い、それに答えたいと言う思い、そしてラズの温かさが植えつけられていた……。
 胸が締め付けられるくらいに切なかった。
「悪いと……思ってる……」
 それしか言う事が出来ない。
 どんな言葉も言い訳にしかならず、そのどんな言葉もカインにとっては煩わしいものでしかない事もカガリは重々承知していた。
「で? 王室で交わされる会話の中にも入らず、居辛くなったから逃げるように帰るのか」
「……」
 何も言えずにカインを見つめ、小さく礼をしゆっくりと階段の方に振り返ると降りて行く。
「今は逃げれたとしても、今後この状況はいつまでもお前に付き纏うからな」
 逃げるように去って行くカガリの背にそう言葉を投げかけ、カインは王室へと戻って行った。
 カガリは振り返らずに真っ直ぐ階段を降り、王宮の大きな門を出てやっと大きく息をついた。
 王宮から遠く隔離されるように作られたラズの宮殿は、馬車で移動して30分ほどの行程だった。
 歩いて帰れば2時間はかかるだろう。
 賑わう城下のシルバーレンの街並みに、行き場の無いこんな感情をどんな風に表現したら良いのかさえもを知らないカガリは雑踏に身を紛れさせ、とぼとぼと城を後にした。

 晩餐が始まる頃になり、ラズは初めて王室にカガリがいない事に気付いた。
 レンとコウガとカガリで何かを会話しているのは見ていたので解っていた。レンたちに外へ出ないかと誘われていたのを断っていたのを見て安心し、異世界の話に花を咲かせていたのだ。
 キョロキョロと辺りを見回しているラズの側へとカインは移動する。
「ほら、晩餐だ。食堂へみんな移動したぞ」
「カガリが居ないんだ」
「カガリならさっき帰った」
 そう言って先を歩き出したカインの腕を掴んだ。
「どう言う事だ……」
「居辛いから帰るって言っていた」
 カインを振り返らせる。
「お前……何を言ったんだ……」
「は?」
「カガリに何か言ったんじゃないのか!?」
 そんなラズを見て大きく息をつく。
「ラズと行動するのは止めると言っていたのに、どういう心境の変化なのかってのは聞いた」
「オレが説明しただろう!?」
「カガリの口からも聞きたかっただけだ」
 今すぐにでも出て行きそうなラズの腕を掴んだ。
「これから晩餐だ。カガリを追うなんて事考えるなよ」
「カイン……、カガリはここに来る事をずっと躊躇っていたんだ……。お前に遠慮してだと思う。無理矢理連れてきたんだ……。オレが行こうと言えば断れない事を解っていて連れて来た。オレは、お前とカガリをみんなの前で会わせたかった……」
 切なげに呟き天井を見上げる。
「そんなに……オレとカガリが一緒に行動するのが嫌なのか?」
「カガリが我慢してここに来たって事を知っているはずなのに、お前はよく長い時間放っておけたもんだよな」
 カインの言葉にハッとする。
「オレが良い心象を持っていないのも解っていたはずだろう? 人を攻める前に自分の行動を思い出せ。ここから出て行ったことも気付かないお前が偉そうに他人を攻めるなよ。このままじゃお前はカガリを傷つけるだけだ」
 溜息をつきながら晩餐が催される食堂へと移動していった。
 カインの言葉を考えながら、ラズも食堂へと向かった。

 晩餐を終え、ラズは一人で宮殿へと戻っていく。
 他の3人はレンの父親の異世界の話をもう少し聞きたいと言う申し出で、王宮にとどまる事になったのだ。
 馬を駆り夜道をひたすら走り続けた。
 宮殿に到着し、カガリに与えられた部屋の窓を見つめる。
 窓はきっちりと閉められ、カーテンもされていた。
 宮殿の中へと入っていき、カガリの部屋に向かおうとホールを横切る。
 ホールにはレンとコウガが居た。
「あ、おかえり」
「カガリは……」
 肩で息をしながらレンにそう尋ねる。
「部屋に居るけど、誰も来させないでくれって言ってたよ。さぁてと、伝える事伝えたし、僕らは王宮に戻るね」
 その一言の為にいつからここに居たのだろうとは思ったが、宮殿を去って行く二人の背を見送ると慌ててカガリの部屋の前へと向かう。
 ドアの取っ手に手をかけ開こうとするが、そのドアは内側から鍵が掛けられ硬く閉ざされていた。
 もう疲れて寝ているのかもしれない…そうは思うが、身体は動いていた。
 ドアを強く叩く。
「カガリ……。ごめんオレ……」
 そう声をかけ、もう一度ドアを叩いた。
「オレ……」
 ラズが言葉を続けようとした時に中から声がした。
「どうして謝る? お前は何か悪い事でもしたのか?」
 意外なほど側で声がし、ドアを叩こうとした手を止めた。
 ドアのすぐ側にでも居るのだろうか……。ほんの数センチ先にカガリが居るのに触れることも出来ない。
「カガリ、鍵を開けてくれ」
「オレの方こそ悪かったな、声もかけないで勝手に帰ってきちゃったし……」
「カガリ……」
「ラズ、オレ疲れてるんだ。今日はもう寝る……」
 微かな衣擦れの音がし、ベッドの軋む音が聞こえる。
「カガリ……。オレを待っていたんじゃないのか……?」
「ああ……」
 そう答える声が聞こえ暫く間を空けてまた声がした。
「でも、もう確認したから良い」
「何を確認したって言うんだよ!?」
 ドアに耳を当て、中の音を聞いた。
 布団に包まるような音がする。
「カガリ!」
「お前の気だよ……。だから、安心したからもう大丈夫だ。おやすみ」
 その声と共に、中からは一切音がしなくなった。
 ラズはその場に座り込むと膝を立て、その間に顔を埋め目を伏せた。
 カインの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。

 ──人を攻める前に自分の行動を思い出せ。このままじゃお前はカガリを傷つけるだけだ。

 言葉の意味はそのままの事だろう。
 一つの事に没頭するとまわりは気にならなくなってしまう。
 王宮で確かにカガリの事は気にしているつもりで居た。それなのにカガリが出て行ったことには全く気付かなかったのだ。
 大きく溜息をつく。
「カガリの事は……オレよりもカインの方が解っていたって事なのか……」
 ぼそっと呟いた。
 ラズの行為を知らしめる為に、カインは動いたのだろうか……。
 あんな場に居ても、カガリは少しも楽しくなど無かっただろう。
 場に馴染めないカガリに敵意を向ける人間だって出てくる可能性は大いにあるのだ。
 居辛いのを我慢してあの場に居たカガリに一言も声をかけていなかった……。
 説得したとは言え、カインがカガリを快く思っていないことも解っていた。
 カインがカガリに傷つくだろう事を言ったとも考えられた。ラズに自分の立場を思い知らせ、更に心を許す事の出来ないカガリを傷つけたのかもしれない。
 そうなる可能性は、王宮に行く前から考えられた事だったのだ。それなのに、あの場にカガリを一人で放っておいた……。
 両手を組み、力を入れる。
 暫く俯いたままで、暗い廊下に座り込んでいた。
 安心したいからと、ラズの気を確認する為だけにこのドアの向こう側で膝でも抱えて座っていたのだろうか……。
 月明かりも無い暗い廊下でただ座り込む事しかできず、側で傷つき悲しんでいるカガリを抱きしめる事も出来ないことがもどかしかった……。

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