紫水 05.

 ガルーダが消えた先の左手のルビーをじっと見つめ、ため息をついた。
 そしてカインが差し出した手を握り返した右掌へと視線を移動させる。

 カインから流れ込んできた感情……。
 怒り、嫉妬、寂しい、悲しい、そして、カイン自身が向けていたのであろうラズを想う思い……。
 その想いは届かないんだと言う、諦め……。
 ずっと隠してきたであろうその想い……。

 その全てが右手を伝ってカガリの中に流れ込んできたのだ。
 カインと対峙し話をし、右手を握り合うまではラズと共に行動するつもりでいた。
 しかし、右手から流れ込んできたカインからの痛みを感じるまでの切ないラズへの想いを受け、道を違えるとその時に決めていた。

 ──オレなんかが奪っちゃいけない……。
  悪しき者を消すことにラズを巻き込むべきじゃない……。
  ラズ自身も言っていたじゃないか。オレ達は本物じゃなかったって事なんだって……。
  カインは一体どんな気持ちで笑いながら良いよと言ったのだろう……。
  自分自身で道を違えるんだって決めたにも拘らずこんなにも切ないんだから、押し殺してきた感情を封印してオレとラズと共に歩んで行けば良いなんて……。
 ラズにはオレが必要で、オレにはラズが必要だとカインの中で納得なんかできる訳ない……。

 カガリは人と接し共に行動してきた中でも、ここまで切ない感情を受けた事がなかった。

 暫くの間右手を見つめたまま物思いに耽っていたが、大きく息をつき大樹を見上げる。
 結構な時間をそこで座って過ごしていたはずだったが、未だ消耗した身体は元には戻っていなかった。
 視線をシルバーレンの灯りへと移し、木の幹に手をついて立ち上がる。
「こんなところに留まってる訳にはいかないな……」
 ふらつく身体を木の幹についた手で支えたままでいると、不意に木が枝を揺らした。
「心配してくれるんだな……」
 なんとか身体を支え、身体を反転させると木の幹に額を当てる。
「ありがとう……。いつまでもこの地を守ってやって……」
 木は枝を更に揺らした。
「オレは大丈夫だから……」
 そう言って額を外し大樹を見上げると笑顔を見せる。
「じゃあ、頼んだからな……」

 馬を駆って宮殿に戻ってきて部屋に灯りが灯っていない事に胸が押しつぶされそうになる。
「カガリ!!」
 辺りを見回し大声で名を呼ぶがもちろん返事などなかった。
 自分で突き放すような態度を取っていたのだ。
 居たところで返事などあるわけが無い。
 馬を降り入り口近くに馬をの手綱を括り付け、足早に宮殿の中に入って行った。
「カガリ!」
 薄暗い宮殿の中を名前を呼びながらカガリの部屋まで向かって行った。
 祈るような気持ちで部屋のドアノブを回す。
「カガリ……」
 中にカガリは居なかったが、荷物も服も晩餐に出かけた時のままだ。少なくともまだ戻って来ていないと思われる状況にホッと息を吐く。
 安堵して部屋のオイルランプに火を入れベッドに腰掛けた。
 膝の上で両手を組む。

 ──カインの勘違いだったと言うことなんだろうか……。
  カインにカガリへの想いを伝えたんだと言ったんだ。
  その後カガリはカインのところで何か会話をしていた。
  その2人を見ていたけど、特に険悪な感じも無かった……。

 大きく息を吐いて立ち上がり、窓辺に寄った。
 すっかり暗くなった空には細い月が出ていて、丘陵の草に光を落としている。
 王宮からここまで、こんなに時間がかかるものだろうか……。
 そんなことを思いながらも、この場所から離れるのは得策では無いとわかっていた。結構な時間が経っている今、入れ違いになる可能性の方が高い。
 今直ぐにでも探しに行きたいと言う気持ちと、待っていた方が確実に会えるかもしれないと言う気持ちがせめぎ合い、もどかしい。

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