紫水 04.

「カイン……」
 その声に驚いたようにカインは振り返った。
「どうした? ラズに何か言われたか?」
「……オレ、必ずラズを守るから……」
 もたれかけさせていた身体を起こし、真っ直ぐにカガリを見つめる。
「危険を伴う旅だってのは……カインも解っているんだろうと思う。……でも、ラズに何かがあるようなことはオレが絶対にさせない……。オレの命を懸けてもラズの事は絶対に守る。そして必ずここに帰って、カインの側に戻ってくるようにするから……だから……」
「その間だけで良いとでも言うのか? ラズと一緒に居るのは」
「……」
 黙って俯いてしまったカガリをしばらくの間眺め、フッと笑った。
「良いよ」
「え?」
 顔を上げたカガリに苦笑いを見せる。
「ここには身体を休める為に戻って来れば良い。お前とラズとでさ。旅に疲れた時にはここでゆっくり休んでいけば良いんだ。ここは戻ってくる場所で良いよ。オレはここで待ってる」
「カイン……」
「でも、さっき言った言葉は守れよ……。お前の命を懸けてでも、ラズの事は守ってもらう。……ラズに何かあった時は、お前の命をもらうからな」
 真っ直ぐ向けられた目を見つめ、カガリは強く頷いた。
「必ず……。守るって約束する」
 言い切ったカガリに微笑み右手を差し出した。
「あいつにはカガリが必要なんだな」
 遠慮がちにその右手を握り返す。
 カガリが握り返した右手を強く掴むと、小さく頷いた。
「そして、カガリにはラズが必要なんだよな……」
 その声はどこか寂しげで、カガリにはその切なさが握られた右手から痛いほど伝わってくる。
 右手を伝い、カガリの中に流れ込んでくるカインの感情……。
「……」
 言葉を発することが出来ずにカインを見つめていると、フッと笑顔を見せた。
「ま、良いさ。互いが必要だと言うんだからな。……カガリは今日はここに泊まって行くのか? 他の奴らは泊まっていくみたいけど」
 賑やかな部屋の中を見て微笑み、首を左右に振った。
「オレはあっちに戻る。カインはまた暫くラズと会えないんだろうから、今日は兄弟でゆっくり話をしたら良い」
 そう言って握られた右手を離すと、部屋の中へと入りラズの横へと戻っていく。
 無言でラズからワイングラスを受け取り、壁に寄りかかると息をついた。
「ラズ、オレあっちの宮殿に戻るな。明日、カーシャに向かう時にでもみんなで宮殿に迎えに来てくれれば良いよ。……今日はゆっくり、兄弟水入らずで話でもしてろよ」
「カガリ……?」
 注がれたワインに少し口をつけ、苦笑いを見せる。
「……オレ、どうしてカインの気が怖かったのか……何となく解ったんだ……」
「え……?」
「うん……」
 カガリはそう呟いて、先ほどカインと握手を交わした右手を見つめただけで、全てを語らないままワインを飲み干した。
 空いたグラスをテーブルの上に置き、ラズの前へと戻ってくる。
「オレ、行くな」
 苦笑いを見せながらそう言い、テラスで外を眺めるカインの元へとまた向かった。
「カイン……」
 部屋の中からそう声をかけると、カインはカガリに振り返る。
「どうした……?」
「うん……。オレ、宮殿に戻る事にした。……カイン、オレとラズの事認めてくれてありがとう……」
「カガリ?」
 少し考えるような様子を見せ、カガリはカインの横へと移動すると言葉を探しながらボソボソと話し出した。
「……オレの事、カインは全く知らないんだよな?」
「ああ……まぁ……」
 何を言い出したのかと、俯いたままのカガリを覗き込む。
「オレはさ、もう、2500年も生きてるんだ」
「……は?」
 カガリが過去、行動を共にした者に話を切り出した時、大抵のその相手が見せる反応をカインが示した事に苦笑いした。
「普通じゃ考えられないだろうけど、オレは、エイデンの神と人間の混血なんだ。……だから、通常の人間よりも寿命が長い。……この先、どれだけ生きて行くのかも全く解らない。だからって言うのも変な話だけど、ラズとカインの血族が……子孫が生きて行くこのシルバーレンをオレが生きている間、守り続けるって約束する。血が絶えるか絶えないかはオレにはどうにもできないけど、この国土を危険から守ることはできる。……ラズの事ももちろん守っていくけど、この国の繁栄が続くようにシルバーレンも守ってく」
 驚いたような表情でカガリを見つめているカインをに苦笑いを見せて頷いた。
「……オレにはこれくらいしか出来ないから……」
 驚いたままの表情で居るカインを見つめると頭を下げる。
「そうしたら、オレ行くから……」
 カガリはそう言うと、カインから離れテラスを出てラズの前を通り過ぎた。
「カガリ……」
 その呼びかけにチラッと振り返って微笑んで見せると、カガリは頭を小さく下げ部屋を後にした。

 カガリが去りそんなにしないうちに、テラスからカインがラズの元へと走ってくる。
「カイン?」
「カガリは……」
「宮殿に戻るって……」
「引き止めなかったのか!?」
「どうして……」
 慌てた様子のカインを訝しげに見つめた。
「カガリは、一人で出て行こうとしている……。お前にはカガリからの感情、流れてこなかったのか!?」
 言われている意味が解らず、ラズは眉を寄せる。
「……カガリはオレの気を感じる事ができると言っていたんだよな……。ラズ、オレにはさ、お前みたいな特殊な能力は無いけど、相手の考えている事はぼんやりと感じる事が出来るんだ。カガリはここから……シルバーレンから離れようとしている」
「どうしてだよ!?」
「……」
 カインは言葉を続けることが出来ずに口を噤んだまま、ラズを見つめた。
「カイン!!」
「ラズ……カガリを追いかけろ……。じゃないと、二度とカガリには会えなくなる……」
 訳を聞きたかったが、時間も無いといった様子のカインを見て壁に寄せていた背を起こす。
「……必ず追いつけよ」
 カインはそう言ってラズの肩を叩いた。

 ──一体どういうことなんだよ……。

 ラズは心の中でそう呟くと部屋を後にし、急いで厩に向かって馬の背に飛び乗った。
 まださほど時間も経っていない。
 ワイバーンやガルーダを呼ばれてしまえば追いつけないだろうとは思うが、歩いて宮殿に向かっているのならば間に合う。
 馬の腹を蹴り王宮を駆け出ると、シルバーレンの街中の雑踏へと向かって行った。

 背後から馬の蹄の音が聞こえ、カガリはハッとして振り返ると街中の建物の影に身を隠した。
 足音が遠ざかるまで眼を伏せ息を殺してじっとしていたが、音が聞こえなくなると大きく息をついて建物の影から身体を出す。
 ラズだったのかどうかは解らなかったが、ラズが追いかけてくる可能性は大いにあった。
「……宮殿には……戻れないな……」
 そう呟いて、街中に点在する宿を探す。
 こんな暗い時間にシルバーレンを発っても、カーシャにしろ近隣の国にしろ到着するのは真夜中だろう。
 荷物も何もかも、宮殿に置いてきたままであることを考えれば、必要なものを買い揃える必要があった。
 カインにああ言った以上、この国のどこかに結界を通じさせておく必要がある。
 宮殿に戻ってそれをやろうと思っていたのだ。
 辺りを見回し宿を探しながら、フと思いついたように宮殿の方へ顔を向ける。

 ──宮殿の中に入らなければ良いんだ……。

 人ごみに紛れ、自分の身体を隠す様にしながらゆっくりと宮殿に向かって行く。

 ──宮殿のあの離れの茶室……。あそこなら宮殿から離れているし、少しくらい光を発しても気付かれない……。

 宮殿に到着し、宮殿内のどこにも明かりがついていない事を確認する。
 しかし、まだラズが戻ってこないとは限らない事に、しばらくの間宮殿の側の木の陰に隠れて様子を伺う事にした。
 木の根元で膝を抱え、眼を伏せて神経を研ぎ澄ます。
 馬の蹄の音は聞こえない。
 宮殿内に人の気配も感じない……。
 長い間そのようにしていたが、いい加減精神が疲れてきていた。
 大きく息をついて、フッと苦笑いした。
「そうだよ……戻ってくるわけがない」
 呟いて木の根元から立ち上がる。
「オレが出て行くなんて誰も知らないんだ……」
 明日には皆シルバーレンを離れるつもりで居るのだから、宮殿の晩餐で盛り上がっている事だろう。
 カガリは丘陵の向こうの茶室へと歩を進めていく。
 柔らかい草を踏み、到着した茶室は以前カガリがガラスを割った状態のままだった。
 ガラスを踏んで中に入り、ベンチに腰掛けると茶室内を眺めた。

 ──ここで、ラズの気持ちを知ったんだ……。

 胸が締め付けられるほどに苦しい……。
 一度強く眼を伏せると、意を決したように目を開き、窓の側に限られた空間ではあったが平らな場所を見つけた。
 しゃがみ込み、その床の埃を払ってもう一度辺りを見回す。
「……オレが生きている間に消されてしまっては困るよな……」
 ガラスを直しに来た時に見つけられれば、結界を通じさせる陣が消されてしまう可能性があった。
「……ここはまずいかな……」
 建物と言う物は、その時代時代で形を変える。
 崩されては新しいものがその上に建つ。
 大きく息をついてどうしたものかと考えた時に、大きく枝の張った大樹を思い出した。
「あそこなら……」
 そう呟くと床に落ちたガラスを拾い、茶室を後にする。
 遠目からでも大きく見える大樹へと向かって行った。
 大樹の根元に来ると、太く立派な幹に額をくっつける。
 自分よりは年の若い木だったが、同じ場所に根を張り、ずっとこの国を見守っているのだ。
「……お前のこの国を守る為に協力して欲しい……」
 カガリのその言葉に答えるように、風も無いのに木の枝がざわめいた。
「……この国に何かがあったときに助ける為の陣を彫らせて欲しいんだ……」
 その言葉に答えるようにまた、葉を揺する。
「少し痛いかもしれないけど、我慢して欲しい……」
 大樹は一際大きく葉を揺すり、カガリのその言葉に答えていた。
 額を離し、枝の張った木を見つめて微笑むと呟く。
「ありがとう……」
 カガリは辺りを見回し誰も居ない事を確認すると、宮殿の反対側へと周り背後にシルバーレンの街並み、そして王宮があることを確認した。
 その場にしゃがみ込むと、木の根元に持ってきたガラスで陣を描き始める。
 丸が幾つも重なり、複雑な陣だった。
 力を入れて陣を彫らなければこの硬い木の皮には陣を描く事が出来ない。カガリの左手はガラスで切れ、血が流れていた。
 カガリのその姿を見てなのか、木が葉を揺らしてざわめく。
「大丈夫だ。全て終ったら、誰かに出てきてもらって治癒してもらうから……」
 複雑な円を幾つも描き終え大きく息をつくと、次は順番を間違えないように右手で陣の場所を確認し数を数えた。
 確認を終えると口の中で術を唱えながら、その円の中に文字を書き入れていく。
 長い長い時間をかけ、カガリは全てを描き終えると血で真っ赤に染まった左手をその陣の上に触れさせた。
「……アグニ……」
 そう言うと、触れた左手の甲のルビーからアグニが現れる。
「……どうした?」
「オレの命が尽きるまで、このシルバーレンの国土を守る為の血の盟約だ……」
「……」
 アグニはカガリの横に立ち大きく息をつくと、カガリの額に自らの手をあてた。
「血は今流れているので足りるか?」
「多分な……」
「多分じゃ困る。……必ず守らなくちゃいけない……」
「ああ……大丈夫だ」
 アグニを見上げ苦笑いを見せると、カガリが口の中で長い呪文を呟き出す。
 それにあわせるようにアグニも同じ呪文を唱え出した。
 アグニが額にあてた手から光が溢れ、カガリの中に力が流れ込んでくる。
 その力はカガリの身体を通り左腕を通って、左の掌から血と共に大樹の中へと流し込まれていった。
 長い長い呪文が終わると、カガリは漸く左手を木から離す。
 アグニもカガリの額から手を離し呆れた様子でカガリを見つめた。
「……直ぐにガルーダを呼べ。消耗が酷い……」
「解ってる……」
 そう言ってアグニの前に左手を差し出すと、アグニはフッと消えて行った。
 肩で息をしながら大樹の幹に背を付けると、ずっと心配してくれていた大樹を見上げる。
「痛かったろ……、悪かったな……」
 サワサワとその言葉に優しく答え、大樹はまた大人しくなっていった。
 夜の華やかな様相を見せるシルバーレンの街並みを見つめる。
 その向こうに見える王宮を寂しげに眺めると、大きく息をつく。
「……この国は、何もかも優しいな……」
 そう呟いて大樹の幹を撫でてから、左手のルビーに声をかけた。
「ガルーダ……」
 淡く白い光を発しながら、ガルーダがフッと現れる。
「アグニから聞いている……。全く、見返りも何も無いってのに、無駄に血を流すな……」
 手に集めた光をカガリの頭からかけるとカガリの身体は少し楽になる。
「このくらいしか回復できないからな。……ダディクラーヴァンでも呼んで、行きたい場所があるなら連れて行ってもらったほうが良い」
「解ったよ……」
 カガリがそう言うと、いつも長居などしないガルーダはルビーに戻っていくのだろうと思っていたが、珍しい事にカガリの横に胡坐をかいて腰をおろした。
「……? どうした、珍しい……」
「ここまでお前がする必要があったのか?」
 ガルーダを見つめる。
「何がここまでさせる……」
 カガリはフッと微笑んだ。
「そう言えば、ラズはお前の事も呼べるようになったんだったよな……」
「何の関係があるんだ……」
「……今後のオレの行動は、今までどおり、他の召喚使には口外するな……」
「だから、どうしたって聞いている……」
 カガリはガラスで傷のついたままの左手を眺める。
「ラズとは今後行動を違える……。オレの事は言うなよ……」
「それがザナドゥの掟だ……」
「ダディは言っただろ……」
 ガルーダは肩をすくめて見せた。
「どうしてラズと行動を違える……」
 珍しく随分と話しかけてくるガルーダをまじまじと見つめ、フッと笑う。
「ワイバーンに聞いてこいって言われたのか」
「ち……違」
「良いよ。ワイバーンには色々と迷惑かけたしな……」
 大きく息をついて、ガルーダを見つめると口を開いた。
「ラズの双子のさ、カインの感情を知っちゃったからな……」
「……?」
「オレと同じだった……」
「は?」
 まじまじとカガリを眺める。
「まぁ、そう言うことだよ……。報われない想いの上にオレまで邪魔するんじゃな……」
「で? 自分の想いは殺して身を引く上に、この国の繁栄を約束したって言うのか? 苦しいんだ切ないんだと、自身の感情が言っていてもか」
「苦手なんだよ……。解ってるだろ……。」
「美しい事だな」
 ガルーダは失笑を見せ、その場で立ち上がる。
「馬鹿馬鹿しい……。オレは帰る。じゃあな」
 そう言うとフッとルビーの中へと消えた。

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